雪のみる夢

 辺り一面の真っ白な雪原。 そしてたった一本の大きな樹。冬も半ばだというのに、葉を落とさずに堂々と立っている。地は誰の手も入ってはなく、先程降ったばかりのように汚れ無き白さを見せ、葉は対照的に瑞々しい緑の輝きを放っている。
 空を見上げれば、そこには暗く開いた穴しか無く、今は月も太陽も眠っているようだ。 ふと、これは夢だろうか、と思った。
 そう考えれば、この樹から感じる近寄りがたい不思議な雰囲気も、いくらか説明がつく。要は夢だから何でもありだということだ。そして、もしも本当に夢ならば、消えていった人達に逢いたい、と思った。
 
 いつの間にか雪が降り始めていた。
 もとの雪原は消え、樹の傍には見慣れた裂け谷の館が在った。
 …おかしい。裂け谷にあんな不思議な樹はなかったはず。それに、降る雪はすべて、地に届かずに消えていく。
 …でも。もしかしたら、此処は彼が知らない頃の裂け谷で、雪は泡雪なのかも知れない。 彼はゆっくり歩き出し、館の中へ入っていった。正面玄関から長い回廊を通りながら、ひとつひとつの扉を開けていく。けれど、どの部屋にも、彼が逢いたい人も、裂け谷の住人さえもいなかった。
 どうせ僕の夢ならば、僕の見たい夢を見せてくれればいいのに。
 ため息をひとつ吐いて、最後の扉を開ける。中庭に出る扉だ。すると…。
「レゴラス?。そんなところで何をしとるんだ?」
 初めて出会った時の姿のままの、ギムリがそこにいた。
「こっちへ来い。お前一人が足りなかったんだ」
 そう言って、驚きで声も出ないレゴラスの脇を抜けて回廊を渡っていく。急いで振り返ったのにギムリはもう視界の隅に消えかかっていた。走って後を追い、彼が入った扉を開けた。
「どうしたんだ?、レゴラス。そんな、幻でも見たみたいに」
 ギムリはもういなかったが、人間二人がくつろいでいた。窓からは雪が見えた。
 レゴラスはそっと歩き出した。彼らが消えないように。手を伸ばせば触れられる距離まで来ても、彼らは動かなかった。
「レゴラス、後ろを見てみろ」
 嫌だと言おうとした。目を離せば二人とも消えてしまう気がして。でもレゴラスは後ろを向いた。…夢だと、わかっていたから。
 振り返った先は屋外だった。もとの雪原がまた出現し、樹の傍で四人のホビット達が雪で遊んでいた。フロドの首に、指輪の鎖はなかった。
「懐かしいだろう」
 いつの間にかギムリとガンダルフも座って、戯れるホビット達を眺めている。
 懐かしいも何も、初めて見る光景だった。それでも皆の活力に満ちた笑顔は懐かしかった。
 失われ、二度と戻らないはずの時間が其処に在った。
 夢だと、確信していた。まやかしだと、わかっていた。そして、まやかしはいつか消えるものだ、とも。それでもレゴラスは十分、手に入るはずのなかった時間を楽しみ、喜んだ。夢が、それを見る人のためにあるのなら、それが一番大切ではなかろうか。
 レゴラスは本当に久しぶりに笑って、立て直しをするべく、ホビット達が造った少し傾いた雪だるまに駆け寄った。

  目を開けたレゴラスの視界には、もう、あの大きな樹はなかった。急いで身を起こして見た雪原も、美しい白色ではなく、茶色く泥に汚れたものだった。
 当然、そこには自分以外誰もいない。
 心の中にぽっかりと開いた穴を、後から後から降る雪が埋めていった。
 雪を掴もうとして伸ばした手の体温に、触れた雪は溶け、手は虚空を掴んだ。かつてこの手に握り締めていたものは、ほとんどが消えていって。今はもう、握り締める力さえ、残っていない。そうしていつか、すべてが消えていくのだろうか。
 風に、アラゴルンとボロミアの顔を見た気がした。
 久しぶりに彼らと話をして、少しだけど考え方を変えられたような気がする。失くしたものにしがみつくのではなく、今あるものを大切にできるように。消えてゆくのをただ待つのではなく、残った時間を大切に出来るように。
 ありがとう―。
小さな呟きとともに穏やかな降雪は止み、それでも空は雪空のまま―、雪の見る夢は止むことを知らない。


 

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