月明星稀


 月が闇夜に良く映えて美しい。
 普段ならばそれはそれだけで心を和ませるものだが、今日は一段と明るい。明るすぎる。 だから星の光がその存在を主張出来ずにいる。 小さく、儚い星は、今にも流れて消えてしまいそうだ。
  かつて、偉大なるヴァラールにエルダール(星の民)と名付けられたエルフは、斜陽の時代を迎える。指輪の力により守られ栄えたロスロリアンとリヴェンデル。指輪は力を失い、今まで無視し続けた時のつけが返ってきたように、急激に黄昏の光に満ちた二つの地。もう二度と、その地が栄光の光で満たされることはない。
  王たちは第3期の終わりに海を渡った。
  黄金の森・ロスロリアンは輝きの光を失くして今はもうただの森。最後の憩館・リヴェンデルは守りの力を失くして住む者はもういない。闇の森・マークウッドの悪しき力は去れど消えた緑森は還ってこない。
  エルフたちは住む場所を失い海を渡った。
  星の光はますます翳る。明らかすぎる月に照らされ、消えゆく星の様に。
  誰にも、去りゆくエルフを止めることなど出来はしない。消え去った栄光の都を取り戻すことも、荒廃していく森の滅びを止めることも。
  彼らは西の彼らの大地に行き、ミドルアースには人間の時代が来る。
  エルフは今まで以上に稀な存在となる。
  彼らの伝承は彼らだけのものとなり、ミドルアースからはいずれ消える。
  忘れて欲しくない、と思う。語り継げというのではない。ただ私達の友に、憶えていて欲しいのだ。私達の存在を、消し去って欲しくない。けれどたった三千年の昔のことも伝えられない短命の子に、それは望めない。
  此処に残っていたい。
  金の髪を風になびかせて、太い幹に背をあずけて蹲る。緑葉の名を持つ王子は、彼方の地を見つめた。
  まだ此処にいたい。最後の一人が消えるまでは。
  此処は美しいところだ。三千年近く過ごしてみても、まだ飽きない。この世界は不思議に満ちている。
  彼は立ち上がった。彼方で風の騒ぐ音がしたからだ。瞳を閉じて耳を澄ますと鐘の音が聞こえた。
  彼は瞳を開いた。枝から飛び降りて走った。遙かイシリエンへ。
まさかそんな。早すぎる。彼の命はまだ、耐えられるはず。でも。
 わかってはいてもこれ以上失うのは嫌だった。
  彼は一心に走り続けた。


novel

 

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