旅の理由
大切なものがあるのです。
失いたくないものがあるのです。
でも僕はそれを守るための術を何一つもたなくて。
大切で、失いたくないものがあるのに。
僕は。
とてもとても弱くて―。
僕がこの世に生を受けたとき、生まれた場所は闇色でした。とても昏い闇色で、とても綺麗な闇色でした。
父上は「おうさま」で僕は「おうじさま」なのだそうです。まだ、よくわかりませ んが、父上はとても大変そうで、いつも厳しいお顔をなさっておられます。
此処は昔、綺麗な大きい緑森だったそうです。僕は一度も見たことはありませんが、皆揃って美しかったと言うのです。僕だけが知らない緑森。今は失われた緑森。
再び緑を取り戻すために父上が頑張っておられるのなら、僕も頑張りたいと思うのです。一番大切な時に役に立てなかった僕だから。
父上と違って何の力も無い僕だけど。父上のために、この森のために、少しでも出来ることがあるのなら。頑張りたいと思うのです。頑張らなければと思うのです。
僕はこの森の「おうじさま」だから。
…僕にもっと力があったら。僕がもっと頑張ったら。父上は笑ってくださるでしょうか。此処はいつか緑の森に戻れるでしょうか―。
大切なものがあるのです。
失いたくないものがあるのです。
だから僕は今、故郷の闇を少しでも払拭するための旅に出ています。
旅はとても大変だけど、心強い仲間がいます。皆が頑張っているので、僕も頑張れ るのです。
僕はいつか、緑森大森林を見ることができるでしょうか。